岩槻人形いわつきにんぎょう(ひな人形にんぎょう

 岩槻人形の起源は、「新版風土記」(1846年発行)によると元禄十年(1697年)京都の仏師恵信が、日光東照宮修理の帰途、岩槻に滞在し、近辺の桐材加工の際できる桐粉を利用してそれを生麩糊しょうふのりで練り固め、彩色具合の優れた桐塑とうそ人形を創出し、その技術が岩槻に根付いたことが発祥だと伝えられます。
 その後十九世紀の初め、文化文政期に裃雛かみしもびなが考案され、藩の専売品として厚く保護されたことから一大産地に発展しました。
 現在も岩槻の産地では、伝統的な桐塑の「頭」作りを得意としており、全国の桐塑頭の大半を生産しています。


主な生産地 さいたま市岩槻区ほか
生産組合  岩槻人形協同組合  

 

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